ラブライブサンシャイン!を0から劇場版まで、1週間で一気に見たら泣いた

結論から行くと、結構泣きました。いや、少し前の自分にこれを言っても多分信じないなってレベルで色々見る目が変わりました。

前シリーズのラブライブはアニメをリアルタイムで見るくらいの世代だったのですが、完全新キャラの新シリーズということでかなり熱は下がり、まとめブログや風のうわさによるお世辞にも褒められたものではなという感想を聞いて、殆ど触っていなかったラブライブサンシャイン!ですが、完全新作の劇場版公開に伴い、まあ見てみるか…と見たら、なかなかどうして見どころがある作品だったことに今更気が付きました。

ということで、以下にアニメ1期から劇場版までのざっくりとした感想をまとめたいと思います。
ネタバレしない程度の感想ですが、このアニメは決して緻密なストーリー構成による終盤の強烈なカタルシスや、ふんだんなネタや突飛な発想から来るような、話題をかっさらうセンセーションもありません
ただし、この作品にはしっかりとストーリーを見届けた人に伝わるエモーショナル。つまり、内側からじわじわと浮かんでくる優しい感動があります。東京都心が舞台だったラブライブとは打って変わって田舎を舞台にしたのは、こういった狙いがあったのか…と思わず膝を打ってしまうような気付きがたくさんありました。
惜しむらくは、この感情はきっと最初から最後まで彼女たちの物語につきあった人間にしか伝わらないということです。後述しますがそこがこの作品、わりとしんどいポイントなんですよね…。しっかり見ないといけないのに、それがちょっときついっていうジレンマを抱えているので…。

まあ、なんのこっちゃという人のために続けて書こうと思いますが、一点注意をば。

以下には
劇場版ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbowのネタバレが含まれます。
まあ正直、そこまで隠すほどのもんか?という気もしますが、礼儀として。



では、はじめます。

そもそもラブライブサンシャインがどういう作品なのかに関してはめんどくさいので自分で調べてください。アニメの出来栄えを評価する上で重要な要素はいくつかありますが、その中で作画と音楽に関してはもうこの作品に文句の付け所は殆どありません。
ストーリーもものすごくざっくり言えば、画像のメインキャラ9人がなんやかんやあってスクールアイドルになり、学校のピンチを救おうと奮闘する。それだけです。では、そんなラブライブサンシャインの物語においてなにが良いのか。いくつかありますが、その1つが「キャラクター同士の関係性」の描写が秀逸な点です。
物語の中でどのキャラクターも様々な問題にぶつかり、それの解決のために一人で悩んだりぶつかり合ったりを繰り返すのですが、その中で繰り広げられる人間模様の描写がとにかく丁寧で、見ているだけで登場人物に対する愛着や親近感が湧いてくるようになっています。
また、キャラクター同士がぶつかりあうときも、お互いがお互いに相手のことを尊重しあい、ギリギリのところで踏み越えてはいけない線を大切にしている様子も丁寧に描かれています。主人公がゴリ押しで何かを解決するのではなく、等身大の女の子らしい悩みだからこそ丁寧にじっくりと話し合って一緒に着地点を探していく。「ああ、この子達は仲間のことが本当に大切なんだな…」と感じさせるシーンが沢山ありました。
また、このアニメのすごいところはそんな風に丁寧に描写した人間関係を、終盤の良いところでうまく使うことで「あの時歩み寄ったから、ここでこんな話ができるようになっているのか」と、彼女たちの成長が感じられるシーンがストーリー終盤のキーになっています。
ちょっつ抽象的でわかりにくいかもしれませんが、簡単にまとめると

見ているだけでキャラクターや世界観に愛着が湧いてきて、見せ場ではそこをくすぐる仕組みがたくさんある。

こんな感じでしょうか。舞台が東京のど真ん中だった前作とは打って変わって、沼津の片田舎という場所に移ったのも、土地(彼女たちが生きている世界)に対する愛着を持ってもらうために必要な設定だったのだと思います。実際、作中にも「沼津のいいところとは?」というテーマを考える回もあります。このあたりが、見ていて納得できると本当に気持ちがよく、自分の中にラブライブサンシャイン!という作品への暖かい気持ちがじっくりと作られているのがわかりました。
最初に書いた優しい感動と言うのはこういった要素のことです。決して、人の目を奪う強烈な感動はないのですが、人と人のつながりの中でじっくりと醸成される、優しい気持ちがこの作品にはたくさん盛り込まれているように感じました。

ただ、きついところもあります。
この作品は脚本があの花田十輝先生です。数々の名作を飛ばした花田先生ですが、その一方で悪名もそこそこあります。
ラブライブサンシャイン!ではどうかというと、とにかく日常パートのギャグが滑っています。もう、ダダ滑りです。また、ストーリー上で浮かんできた問題への解決策がガバガバだったり、そこは流石に気づけよと思わず突っ込みたくなるような設定上のガバもたくさんあります。
はい、もうなんとなく伝わりましたかね。この作品は、じっくり見て初めて気づくことが多い一方で、1話25分の内にしんどくてみていられない時間が結構長いんです。事実、あまりに青臭いセリフのオンパレードや、ギャグシーンのためにとって付けられたような設定。またギャグシーンのために突然キチガイと化すキャラクターの奇行に耐えられずギブアップした方も多いのではないでしょうか。
ただ、そこに頑張って付き合っていると、前述したような愛着もより増すようにはなっています。
人外のようなパワーを持った超人ではなく、本当にすぐそこにいるかのような等身大のキャラクターたちが、イキイキとした世界を生きている。そして、その中で彼女たちの持つ欠点も含めて知っていくことで、作品に向ける気持ちはより深まっていく。そんな感じでしょうか。

劇場版では、3年生3人が卒業するにあたって、残された6人がどんな気持ちでこれからの活動を続けていくのか悩む。というストーリーになっています。
最終的なこと絵としては、3年生は卒業してもいなくなってしまうわけではなく、気持ちは私達の中に残っている。だから、全部持って先に進もうという結論になるのですが、このあたりも見ている我々の感情に近いものがあるのではないかなと感じました。
テレビアニメのストーリーの終盤では、これまで見てきた彼女たちの成長が記憶に残っているからこその感動がありました。劇場版でもその感動は遺憾なく発揮され、アニメを見ていたからこそ伝わるエモさにあふれていました。2期ラストに降りた幕が開くところから劇場版が始まったり、テレビアニメの再現のように千歌ちゃんが学校の門を閉めるところでは、それまで三つ葉だったヘアピンが四つ葉のクローバーになっていたり。劇場版のストーリーの中で新たに気付くのではなく、全てがこれまで積み上げてきたものの中にあったように感じました。
過去に積み上げてきたものは、たとえシーンが変わってもなくなっているわけではなく、自分たちの中に積み重なっていきます。そのことに、作品内で彼女たちも気付いた。ということなのだと思います。

ものすごく簡単にこの作品の良さをまとめると

人のつながりと思い出を大切にするというメッセージ

が強烈に描かれている作品だと思います。ただのエンターテイメントとして一時の楽しさにすべてを費やすわけではなく、作中のキャラクターたちと一緒に見る人にもメッセージを伝えたい。そんな優しさがこの作品にはあるように感じました。
主人公たちの学校も最終的には統廃合になってしまうのですが、それも消えてなくなってしまうのではなく、心の中にずっと生き続ける。だからこそ先に進むことができるのかなと。

一回しか見てないのでこまかいことはあまり覚えていないのがわりと申し訳ないのですが、少しでもこの作品に対するこれまでのイメージが変わっていれば幸いです。

それでは、また。





えっ!?6月にライブあんの?!
いや~…ん~…流石にパスですかね…
劇伴は好きだけど、アクアのオリジナル曲とかはよくわかんないから…
あっ、でもライバルユニットのSaint Snowくんはめっちゃ好き。劇場版の新曲も2月に出るらしいじゃん買います。
ラブライブ決勝に出られたらこの衣装にする約束でしたよね…」って、言ってることはめっちゃエモいのに手渡した衣装が網タイツバリバリのくっそエッチな衣装なの、誰の趣味なんですかね。姉の方の趣味なのかな。



記事のタイトルで「0から1やん!」って思ったそこのオタク。佳きラ!サ!ライフを。